式内名神大社

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葛木御歳神社

ご祭神 御歳神(みとしのかみ)…大年神の御子神

相殿    大年神(おおとしのかみ)…須佐之男命の御子神

           高照姫命(たかてるひめのみこと)…大国主命の御子神

御神徳 五穀豊穣・稲の守り神 

               万物育成の神 年を司る年神さま    

               お年玉の由来に関わる神

​由緒

 御祭神はご本社の背後の御歳山にお鎮まりになって、五穀豊穣をご守護された神であります。

 創祀は神代。古来より朝廷で 豊作祈願のために行われた年頭の祈年祭には、まず本社の御歳神の名が読みあげられました。

古書の記録では、仁寿二年(八五二年)には、大和国で本社だけが最高の正二位の神位を授かる程篤く崇敬され、後に従一位に昇格され、延喜の制では、名神大社に列した神社として尊ばれた古社で、全国の御歳神、大年神の総本社であります。

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   御神名の「トシ」は穀物特に稲、またはその実りを意味する古語で、御歳神は稲の神、五穀豊穣をもたらす神、また、穀物の生長を司る神として古くから崇敬されています。また「トシ」は年に一度の収穫を基準とした時の単位であることから、何か事を始める時にお参りするとよいとされています。
   私たちが正月にお祭りし、親しんでいる年神様は、この御歳神、大年神、若年神といわれています。鏡餅は御歳神へのお供え物(依り代)であり、このおさがりのお餅には御歳神の魂がこめられており、これを「おとしだま」と呼んでいたものが今のお年玉の起源であります。

 

  本社は、古代鴨氏が祭った名社で、御所市にある高鴨神社(上鴨さん)、鴨都波神社(下鴨さん)とともに中鴨さんとして親しまれています。

現在の本殿は、春日大社の本殿第一殿を移築したものであります。

御歳神の由緒について、『古語拾遺』には次のように記されています。

昔在神代に、大地主神、田つくりましし日に、牛の宍(しし)をもて田人に食わしめたまいき。時に御歳神の子、その田に至まして、饗(みあえ)に唾きて還りまして、ありさまを父に告げましき。
御歳神、発怒(いか)りまして、蝗(いなご)をその田に放ちたまいしかば、苗の葉たちまちに枯れ損われて、 篠竹のごとなりき。
ここに大地主神、片巫(かたかんなぎ)〔志止々鳥〕・肱巫(ひじかんなぎ)〔今の俗のカマワ及米占なり〕をして、その由を占求ひ求めしむるに、御歳神たたりを為す。宜しく 白猪・白馬・白鶏を献りて、その怒りを解(なご)めまつるべしともうすに、 教えのまにまに謝(の)み奉りますときに、御歳神答えたまわく、実(まこと)に吾が意(こころ)ぞ。
宜しく麻柄をもてカセをつくりてカセぎ、 すなわちその葉をもて掃(はら)い、天押草もて押し、烏扇もて扇ぐべし。もし如此(しか)して出で去らずば、宜しく牛の宍をもて溝口におき、男茎の形を作りて加え、〔是、其の心を厭(まじな)う所以(ゆえ)なり。〕ツスダマ・蜀椒(なるはじかみ)・呉桃葉(くるみ)、また塩をもてその畔に班置(まきお)くべしとのたまいき。
すなわち、その教えのまにまにせしかば、苗の葉また茂りて、年穀(たなつも)豊稔(ゆたか)なりき。これ今、神祇官に白猪・白馬・白鶏もて御歳神を祭ることの縁なり。

「神代、大地主神が田を作る日に、農夫に牛の肉をご馳走した。
その事に怒った御歳神は田にいなごを放ち苗の葉を喰い枯らしてしまった。
そこで大地主神は、白猪・白馬・白鶏を献上して謝したところ、そのお怒りが解けたばかりでなく、御歳神は「麻柄で糸巻きを作り、麻の葉で掃い、天押草で押し、烏扇であおぎなさい。
それでも出て行かなければ、牛の肉を溝口に置き、男茎形を作ってこれに加え、(これは男性の印を意味し、その神の怒りを鎮め、陰陽の和合を称えたものである。)ジュズダマ・キハジカミ・クルミの葉と塩を畔に置きなさい」と教えてくださったので、その通りにすれば苗の葉がまた茂って豊作になった。

古代における朝廷でも、祈年祭には、この御歳神社にだけ、白猪・白馬・白鶏を、献じられたのも、上のような意味合いにおいてであります。

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100年以上前の葛木御歳神社

〔境内摂社〕

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左から

 味鋤高彦根命神社

 高皇産霊命神社

 神皇産霊命神社

 天照皇大神神社

左から

 事代主命神社

 天稚彦命神社

 稚日女命神社

 一言主命神社

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祖霊社 令和元年造営